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ビジネス関連 ・ウタゴエ株式会社 起業への道のり第2創業期の会社
研究関連博士号研究業績


起業への道のり

 

ウタゴエ株式会社 版

Last update: January 9th, 2006.

私は2001年1月4日、大学の博士後期課程に進学した年に「うたごえ(現在はウタゴエ)」を設立しました。近い親戚や家族に、経営者がいなかった私は、5年ほどの間、多くの方々に情報を頂きながら、ようやく会社設立に至りました。

そこで、起業に関する情報を掲載して、他の誰かに役立てれば、と思ったのが、このページ作成のきっかけです。1人の学生が資本金、人脈、経験においてゼロの状態から有限会社を設立し、株式会社にしていく、1つの例にはなっていると思います。

もちろん、今日までに幾度も資金的に危険な状態を体験したり、健康面でも本当に「このまま自分は死ぬのかも・・・」という状態で倒れたりしたことがありますので、すべての学生の方に起業をお勧めはしません。もちろん、学生でない方でも、家族に大きな負担が生まれます。ベンチャー企業として、運用不可能な資金を集めたり、身の丈以上の無理な仕事をすると、必ずその代償を払わなければならないということは、予めお伝えします。それは自分だけでは支払えない場合もあるので、人生のどのタイミングで起業するかということも、非常に重要な要素だと思います。

1回しかない人生を、経営者として出発したいという方の参考になるような情報が、少しでもあれば幸いに思っております。


1.起業を考えるきっかけ・環境

福岡県立筑紫丘高等学校の3年生になる頃、建築関係の会社員であった父や祖父の影響で、建築関係の仕事に就こうと思っていた私でしたが、父の「これからはコンピュータ業界は伸びる」という言葉で、大学は情報科学を専攻しました。

私が最初に起業について考えたのは、大学に入学した1994年頃で、早稲田大学田無学生寮で、先輩への入寮の挨拶回りを行っているときでした。情報科学を専攻した私に、先輩はビル・ゲイツ氏の話をして頂き、米国では大学生がIBMに勝負できることに、とても驚きました。

そのような時期でしたので、情報科学を専攻した友達とは、将来、一緒にベンチャー企業を起こせたら、と話が盛り上がっていました。また、情報技術をとりまく社会的な背景も、とても勢いがありました。

結局のところ、学生時代の当初は、ベンチャー企業の意義や日本の経済状況など、大切な社会的貢献について、まったく熟慮しませんでしたが、この1994年~1998年頃は、感動的な情報技術(Linux, Windows95, インターネット・PlayStagion, PHS・携帯電話の普及, JAVA など)の発展が著しく、その感動の連続は、情報科学の分野で起業したいという意識を十分に高めるものでした。


2.計画

私は、大学の初期の頃は、しばしば東京都の田無駅近くの喫茶店で一日中居座って、起業に関するアイディアや将来の会社名等を ノートに書き込んでいました。20歳のとき、自分の人生計画について以下のように書いていました。

起業の目標時期は2001年4月と定めていました。有限会社を前提に、それまでに、資本金300万円を稼ぐことを目指しました。

(この5年後、実際に「うたごえ社」を立ち上げたのは 2001年1月でしたので、予定よりも 3 ヶ月早かったことになります。)

また、会社を立ち上げて随分経過してから分かったことですが、上のような人生計画を、ノートや紙に書くということが、その夢を実現した一番の要因だったと思います。


3.起業を前提とした研究テーマ選び

大学3年の半分が過ぎる頃、私が属した学科では「研究室配属」がありました。このとき、私は会社を起こすことを念頭において研究室を選びました。世の中でもっとも評価されているソフトウェアを産み出している研究室として、ビートトラッキングの研究で有名だった後藤真孝さんや、日本で最初のウェブサーチエンジン「千里眼」を開発していた田村健人さんがいらした、村岡研究室に志望し、運良く入れて頂きました。

配属されるや否や、私は毎日、テキスト検索エンジンの開発を勉強しました。当時は Yahoo! が日本に上陸して間もない頃で、きっと検索エンジンを使って、ビジネスをすることができると思っていました。そして、早稲田大学だけを検索する「一里眼」を作成したのですが、田村さんからは、「もはやウェブサーチエンジンは、研究テーマとしては難しいよ」とアドバイスを受けました。世間では、サーチエンジンが注目されていたのですが、学生の研究として、新規性があり、技術的にも進歩性がある研究テーマを勧められました。今、思えばこの御助言は、私の成長という意味で、とても重要だったと感謝しています。

このとき、私の配属と入れ替わりに卒業する先輩の貝塚智典さんが、歌声の中に現れる母音を手掛かりに、楽曲を認識する研究をされてました。私はとても面白いと思いました。当時は、次世代検索エンジンとして、画像は注目されていましたが、2次元の画像処理はとても難しく手間がかかります。一方、音声は1次元波形です。そこで、私は、貝塚さんに教わりながら、音声認識の勉強を進め、自分がそれまでに勉強してきたテキスト検索のプログラムを組み合わせながら、歌声で曲を検索するシステムを開発することにしました。

研究室に洗面用具と風呂桶を持ち込んで、3週間ほど研究を進めた頃、現在のうたごえの検索エンジンに近いものが出来ました。このとき、emacs で左の Ctrl キーの押し過ぎたため、小指は腱鞘炎になってしまいました。

その後、研究室の方々に様々なアドバイスを頂きながら、このシステムは改良を重ね、先生に御覧になって頂いたところ、学会発表の機会を頂ける事になりました。こうして、「歌声による曲検索システム」は、社会的な評価の場に出して頂けるようになりました。最初に発表した情報処理学会では、大学4年生では珍しかった「大会奨励賞」に御選出頂きました。


4.特許

上記の研究テーマを卒論にしたところ、身内から「卒業記念に特許出願しよう」と言われ、出願する運びになりました。この特許出願は、後に、色々な意味で大きな負荷にはなりましたが、重要な転機にはなりました。

日本では、個人で特許出願しても、あまり効果がないことは分かっていました。大企業のnegotiator のように、特許侵害をうまく指摘して、知的財産をお金に変えられる人は別ですが、一般的には、個人の知財に対して、中には平気で真似する大企業もあります。また、クロス・ライセンス攻撃によって、 1円も特許料を支払わずに事業を進める戦略が通常です。

そう言った背景から、私は特許を使って攻撃することは、現在、考えていませんが、自分が発明したにも関わらず、平気で「真似している」と、第3者から攻撃されるリスクを回避するためには必要だと考えています。

特許はとても費用がかかります。請求項の数にもよりますが、出願には1回あたり弁理士さんを通すと、 35万円~45万円くらいが相場です。海外出願の場合は、翻訳料や現地の代理人手数料で、50万円~100万円近くかかります。各国で、3年ごとに支払う維持費も10万円ずつ高くなっていきます。

歌声検索では、これまで、個人だけでも 300万円近くのお金を費やしていますが、これは、とても生活にプレッシャーを与えました。私は何度もたまりそうになった資本金を、特許費用に使ってしまいましたが、最近、少しずつ回収できてはいるので、とりあえずは良かったと思っています。


5.資本金を貯める

上述のとおり、2003年には、1円でも株式会社ができる法律が施行されましたが、それ以前の法律に則って有限会社の設立を目指した私は、300万円を貯金しなければなりませんでした。学部の3年から修士2年の間、私は以下のアルバイトを行いました。結果、お金以上に大切な人脈と社会経験を蓄積することができました。

起業を目的として行ったアルバイト
業種 価格 備考
家庭教師 時給3,000円程度 時間が短いため、まとまったお金は得られない。
塾講師 時給2,500円程度 休日にも、補習のため出勤有り。
バイク便の電話オペレータ 時給900円 都内の地理に詳しくなる。バイク便の良さを学べる。
クリーニング屋 日給7,000円 小学校などのカーテンを取り替える。
電気工事  日給1万円程度 オフィスビルの電気配線。天井の蛍光灯の配置など。
建築工事 日給1万円程度 いわゆる土方。
ビラ配り 日給7,000円程度 街頭にて。
陶器販売 日給8,000円程度 デパートの催事場にて。
夜中のデパートでのマネキン人形運び 一晩で1,2万円程度 夜中のデパートで什器を運びます。
冷凍庫作業 日給1.6万円程度 ときには零下30~40度くらいになる場所にも。冷凍えびを運びます。
プログラマ 時給1,500円~2,000円程度 心電図、脳波、インターネットシステム開発、電話、携帯メールなどなど。
ウェブサイト制作 時給1,500円程度 画像デザインから HTML を記述するまで。
PCサービススタッフ 日給1万円程度 新宿のカメラ屋さんの店頭に立って、PC関連機器を販売。
棚卸(書店) 時給 700円程度 棚に残っている本を数えます。
PCインストラクター 時給1,500円程度 パソコン教室の先生。

イベントスタッフ

日給1万円程度

幕張メッセや、お台場などで展示会の設営。

このほか、海外ネットベンチャーのコンサルタントなどを務めました。色々とやってみて、気が付いたことは、情報系の学生にとって、やはりソフトウェア・プログラマが最も効率良くお金を稼ぐアルバイトだということでした。

私は、この他、学生の立場を積極的に活用して、奨学金は有効に利用しました。研究に集中しなければならない時期に、奨学金はとても有難いものでした。

ちなみに、私が学部時代に住んでいた寮は月額 3,000円の家賃でした。それなりの生活は覚悟しなければなりませんが、とてもお金は溜まりました。修士に入ってからの家賃は約7万円でしたが、上記の奨学金を使って生活ができました。

以上のような環境でしたので、お金は少しずつ貯まっていきまして、2000年10月(博士課程1年のとき)には、めでたく 300万円に達していました。


6.一度就職するか、

  それとも学生のまま起業するか

起業したいと思う気持ちはあっても、社会経験がなかった自分は、いきなり学生のうちに起業するよりは、一度、まともな社会経験を積んでから、会社をやめようと思いました。このことは、学部 4 年生のときと、修士2年生のときの 2 回考えました。

学部 4 年生のときは、1社だけ就職したいと思っていた企業がありましたが、できれば、より技術を高めて社会に出ようと思い直し、修士課程に進級することにしました。

修士2年のときは、本当に悩みました。ここで就職をしなければ、年齢的にも、まともな就職はできないと思いました。そこで、一度、就職をして2,3 年で会社をやめようと考えて就職活動を試みましたが、友人に「2, 3 年で会社を辞めるのは卑怯な人間だ。採用する側の人がそんな人間と一緒に仕事をしたいか?」と言われたことで、考え直し、結局のところ、博士課程に進み、その間に起業することを決心しました。

また、よくよく考えると、いずれ独立したいと思う自分にとっては、大企業に就職するメリットは、以下の比較から、あまり無いように思えました。

個人的に考えた、大企業に就職するメリット、デメリット。

<メリット>

  • 安心が得られる。個人で失敗しても、多くの場合、会社がバックアップしてくれる。
  • 福利厚生が充実。

<デメリット>

  • 技術職・営業職についても、経営経験を積むことは短期的にはない。
  • 家族ができた場合は、起業するチャンスは、子供が独立する頃になると思われる。
  • 会社の都合で行動しなければならない。また、副業ができない場合、個人が起業する可能性は、どんどん小さくなっていく(ような気がする)。
  • どんなに頑張っても、頑張った分の収入が得られるという保証は少ない。
  • 若くて働けるうちは、会社に重宝されるかもしれないが、高齢になった場合に、解雇・退職勧告に遭わないとは限らないし、そのタイミングで自分が会社を出る準備ができているとは限らない。
  • 大企業になればなるほど、自分が望まない仕事に就く可能性が高い。

以上から、私は学生の間に起業するということを進路に選びましたが、もちろん、リスク回避は必要ですので、D1(博士後期課程1年)のときに会社を設立しました。最悪、D3になった時点で、小さな企業や研究職に、就職できれば生きられるという逃げ道も、きちんと確保しておきました。

結局のところ、D3のときには、もはや就職活動を意識することはなく、このまま会社をやっていこうと自然に思えました。


7.ビジネス・パートナーとの出会い

修士2年の後半の頃、起業方法や営業方法が分からなかった私にとって、とても大切な出会いがありました。それは、現在の事業パートナー(楠本氏)との出会いでした。私が学生寮の先輩のオフィスを訪ねて行ったときに、たまたま、そこにいたのが彼でした。

彼は、当時、ベンチャーキャピタルの副社長をしていたこともあり、歌声検索システムの話や、事業計画について聞いて頂くことができ、「ベンチャーキャピタルで、一度、プレゼンテーションをしませんか」と言われました。

数日後、ベンチャーキャピタルでプレゼンテーションを行ったところ、とても良い評価を頂けました。投資について、色々と相談しようというところまで話は進めることができました。

ところが、楠本氏はやがてベンチャーキャピタルから御退社する方向でおりました。私に対して、彼はお金を集めることはできるが、どういうスタイルで会社を経営していか、というくことは、私が決めることだとアドバイスをしました。

私は、結局、楠本氏と一緒にうたごえ有限会社を設立することにしました。
また、立ち上げる際に非常にお世話になった 入川氏にも、心から感謝致しております。


8.うたごえ有限会社の設立

会社の設立については、書店に行くと多くの書籍で説明があります。会社の経営者はなるべくリスクを回避することが大切です。私は、設立登記について、司法書士の先生にお願いすることにしました。資本金と定款を準備して、お願いしたところ、問題なく終了することができました。

定款を準備する際に必要な事項は次の通りでした。

1.社員と出資者の決定(2名でしたので、すぐに終了)
2.類似商号のチェック (法務局に行って調査しました)
3.商号の決定(「うたごえ有限会社」としました)
4.代表印の作成 (はんこ屋さんで作成して頂きました)
5.本店住所の決定(最初は事務所が決定しておらず、自宅を登録しました)

有限会社設立の流れは、以下のとおりですが司法書士さんにお願いしました。(青字は手続き場所)

1.定款を作成し、公証役場で公証人に認証を受ける。
2.銀行などの金融機関に出資金を払い込む。
3.社員総会を開催し、役員の決定。
4.登記所で登記申請。
5.設立

設立後、都税事務所や税務署などに届出が必要です。

うたごえ有限会社が会社設立時にかかった費用は次の通りです。

費目 費用
司法書士手数料
250,000円
代表印の作成
30,000円
定款認証(公証役場にて収入印紙、認証手数料)
90,000円

銀行への資本金払込委託手数料(資本金額1000分の2.5+税)

7,500円
登記申請
60,000円
合計
437,500円

この他、公証役場では謄本手数料が1枚250円、登記所では登記簿謄本1通1,000円、印鑑証明1通500円が必要です。


9.営業準備

上記のように、資本金さえあれば、会社設立は無事に終了しますが、実際の営業には下記の準備が必要です。

1.オフィスの決定
2.名刺
3.営業資料

1.オフィスの決定

よく会社設立について書かれている本には、「会社の設立時には、オフィスは無理して持たなくても自宅でよい」と書かれています。

しかし、オフィスは持っておいた方が、営業面で有利なことが多いです。打合せ場所は常に確保する必要があります。うたごえ社は、顧客先としてIT系の企業が多いと予想し、渋谷区、港区、新宿区、豊島区の優先順位でオフィスを借りることを考えていました。このとき、たまたま運良く sharing office をしてくださる企業(LDK社)があり、うたごえ社は、渋谷区の原宿の表参道と明治通りの交差点近くの超一等地に、月額5万円という非常に安い価格で、とてもお洒落なオフィスを持つことができました。多くのお客様から「ここに机を置きたい」と言って頂けるくらい、素晴らしい環境でした。

オフィス決定後、電話回線は権利譲渡で安く手に入れ、ファックス回線は share させていただくことで通信費用も安く押さえることができました。

2.名刺

小さな会社にとって、名刺は命です。そのロゴマークやデザインに至るまで、とても時間をかけて作成しました。下記に示す、うたごえ社の最初のロゴは、工業デザイナの方にお願いして作ってもらいました。

3.営業資料

顧客先に営業する際に、まず必要となるものは、名刺と営業資料です。最初はプレゼンテーション資料として、8ページのものを1部作成し、あとは会社案内を1部作成して、すぐに営業を開始しました。


10.営業開始

いよいよ営業を始める段階になっても、若い人間が起業する上で、最も苦労することは、営業先を探すことだと思います。

私は、この問題は、ビジネスパートナーの支えによって解決しました。最初の半年に、500枚の名刺がなくなるスピードで人に会って頂いて、うたごえ検索のデモンストレーションを行いました。このスピードは、とても重要だと思います。

また、ウェブサイトは、とても重要だと分かりました。私が平日に、打ち合わせがなかった日は、これまで3年間でほとんどなく、ウェブ経由でお問合せ頂いて、お会いしている方も、とても多いです。

 


11.気をつけること

私が会社経営上、気をつけていることがいくつかあります。最も大切なことは、

「身の丈以上のことは、やってはいけない。」

だと思います。この見極めは難しいです。自分自身が倒れなければ、どんどん大きな仕事にチャレンジしても良いような感覚に襲われる時期もありますが、むしろ、もっと家族の状態(子供や配偶者)、社員の状態(病気がちな社員が出てきたら要注意)に異常を感じたら、組織変更も含めて、会社を見直す必要があると思います。

その他、以下のことを気をつけています。

まだまだ、会社の規模に合わせて色々と出てくると思いますが、その都度、ここに加筆する予定です。


営業を開始した後は、あっという間に 3 年間が駆け抜けていきました。今日まで、皆様に支えられまして、うたごえは何とか営業を続けております。初年度は200万円の赤字、2 年目は僅かに黒字化し、3 年目は利益が出たため、株式会社へと組織変更を行いました。4 年目もお陰様で黒字になりました。

最後に、これまで、大きな事故もなく、会社を維持できたのは、家族やビジネスパートナー、社員を始め、多くの方々の支えがあったからです。心より感謝致しております。これからも、より社会に必要とされる会社となれるように努力致しますので、ご支援・ご指導を賜れますようお願い申し上げます。

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